基板設計の見積もり失敗の研究
今日は技術的な失敗の研究ではなく、見積もり的な失敗の研究です。
基板の設計はなかなか見積もりどおりにはいきません。大抵は予想していた以上に難しく、時間も費用もかかってしまいます。
具体例をみていきましょう。
(なお、文意が変わらない程度に現実の案件から少しだけ金額と内容は変えてあります。)
見積もり失敗例①
特電Artix-7ボードにMIPIカメラを接続するための変換基板なのですが、1日か2日でできるだろうと高をくくって↑のくらいの見積もりを出していました。
しかし、実際にはXILINXのMIPI CSIコアを使うためには、I/Oに適当につなげるのではだめで、ピン配置にかなりの制約があることがわかりました。FPGAのサンプルデザインを作って設計した基板のピン配置にフィットできるかどうかや、本当にMIPI CSI2が受信できるかを空中配線で組んだ基板で実験することになりました。そういったFPGAの設計作業や検証作業は見積もりに含んでいませんでした。
↓こんな感じで実験して、MIPI CSIコアが動く条件を探っています。
基板自体は簡単だったので回路と基板設計は2日くらいでできたのですが、XILINX MIPIコアの検証で5日は軽くかかっているはずです。ただし、この検証で5日というのは正解を見つけて正しいデザインが出来た日数のみです。うまくいくやり方を探して試行錯誤してダメだった日数を含んでいません。
結果を見てみると、各項目の粗利は出ていますが自分の人件費も会社の利益も出ていません。
見積もり失敗例②
当初はFPGA周辺回路の設計もふくめて200万円ほどという見積もりを出していたのですが、安くしてほしいとの要求だったので他社のFPGAボードを利用した拡張基板を作ることになりました。
単純に配線を引き出すだけの拡張基板だったので2~3日で設計できるだろうと回路設計+基板設計費を16万円で見積ったのですが、実際には狭い領域に数百本のネットを通さねばならず、しかも太いデータバスやアドレスバスが入り組んでいたため2~3日で設計などは不可能でした。
前述の①の基板と面付することで製造費用を抑えられたため、もし一発で動いていれば若干の利益が出たように見えます(それでも人件費を考えれば赤字ですが)。
しかし、出来上がった基板にミスがあり全額当社負担で基板の作り直しとなりました。再製作時は別の基板と面付することで少しは安く抑えられたのですが、それでも粗利が削られてしまいほとんど利益が出ていません。自分の人件費を含めたら大きなマイナスです。
コストを安く抑えるために面付をすることは他の基板とタイミングを合わせなければならず、納期が大きく遅れる要因となります。
見積もり失敗例③
Trenz TE0808ボード用の拡張基板です。
まず、TE0808基板の電源の使い方やコネクタの位置を調べたりするということで膨大な日数がかかってしまいました。Trenzのマニュアルはわかりにくい。
これもピンを引き出すだけの拡張ボードだから簡単にできるだろうと思っていたのですが、実際には、本を読んでUSB3.0のType-Cの回路設計方法を調べてもよくわからないので、ケーブルを買ってきてぶった切ってUSB3.0 Type-C変換ボードで実験してどういう仕組みなのかを調べたり、とにかく設計をするために実験をたくさんやっていた基板です。USB3.0のスイッチなど知らないことばかりでした。
USB3.0って、高速差動信号のほかにUSB2.0のPHYも必要になるのですが、近年の部品難でいままで使っていたものが入手できなくなったので、XILINXが対応している別のPHYがないかどうかLinuxのカーネルを見て探しました。新規部品の登場です!!これでUSBまわりの基板設計全部やりなおしですね。
それから、UltraScale+でのMIPIの使い方を調べたら、ArtixとUltraScaleでは全然MIPI IPコアの使い方が違うんですね!論理合成してみて初めて気が付きましたよ。はっはっは。等長配線やりなおしです。
いざ基板が出来上がってみると、何度も確認したはずなのにコネクタが左右逆になっていました。当然、超特急で基板を作り直しです。
なんとか粗利は出ていますが、自分の人件費を考えたら大赤字でしょう。
失敗を繰り返さないために
上の①②③の事例はいずれもFPGA応用基板の案件なのですが、本番用FPGAの設計は顧客が行うものだとしても、実際には基板設計時にFPGAを設計してピン配置にフィットできるかどうかを確認しなければなりません。だから、回路・基板の設計時は、簡単なサンプルデザインでもいいからFPGAの入力からピン配置固定、論理合成までひととおりやらねばなりません。
FPGAのサンプルデザイン設計に、正しい回路を作る日数だけではなく、ダメ回路を作って何度も試行することまで見積もりに含んでいなかったというのが敗因のひとつとして考えられます。
それから、ある種の部品は10個単位でしか買えないのに実際の使用数量は4個だったら余った分が社内在庫として溜まっています。会計上は利益になりますがキャッシュフローが悪化します。こういうのも見積もりミスといえば見積もりミスです。
また②と③の基板では設計ミスにより再製造となってしまったので、その分のロスが大きいと言えます。
いずれの案件でも若干の粗利は出ていますが自分の人件費を考えると大きくマイナスです。今は従業員がいないので少しは楽ですが、会社として利益を出していかないと従業員も雇えないし、会社を大きくすることもできません。設計費には自分の人件費だけではなく、会社利益を含めなければなりません。
このようなミスを繰り返さないためにできることをまとめます。
- FPGAを応用する基板の場合、必ずFPGAのサンプルデザインを設計するための費用を含めること
- サンプルデザインの設計のために試行錯誤して「ダメ」だった日数も含めること。
- 基板の作り直しは必ず発生する前提で、製造+実装+部品代は面付しない正規の外注費用の240%くらいで出すこと。
- 基板を面付してコストを抑えると他の基板に合わせなければならないので納期が遅れると心得るべし。
- 部品代は、使わずに残る部品を廃棄することを考えて、購入総額で見積もること。
- 設計工数は、自分の給料だけではなく、会社の利益が出るように見積もること
あたりまえのことですが、なかなか難しいですね。
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