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2021.11.08

電子回路設計における見積失敗の研究(後編)

見積もりの間違い④ 外注費用を原価で出す

電子回路の設計を行っている会社も、基板製造や部品実装は自分でできないから別の会社に外注するでしょう。ハードウェア開発業界はいい人が多いので、基板製造や実装を安くしてあげたほうが顧客のためだと思ってできるだけ安く出してしまう傾向があります。

例えば、ネットの見積もりで10cm×10cmの6層基板が18万円で作れるとしましょう。過去の実績から実装費用はメタルマスク込みで10万円とします。部品代はDigikeyで調べて5万円だったとしましょう。外注費用と部品代は合わせて33万円です。

さあ、見積書には基板代と実装費用は何円と書きますか?

  1.  33万円
  2.  43万円
  3.  53万円

正解は53万円にするべきです。

なぜかというと、

  • 基板製造会社にガーバデータを送る際に基板製造指示書を作成する時間
  • 基板製造会社に見積もり依頼をして正式に発注する時間
  • 部品表を作成する時間
  • 手持ちの在庫を確認する時間
  • DigikeyやMouse等に部品の発注を行う時間
  • 届いた部品を検品する時間
  • 基板製造会社に見積もり依頼をして正式に発注する時間
  • 実装業者に部品を送るために部品表をチェックしながら詰める時間
  • 残った部品の数を数える作業
  • 残った部品の廃棄する時間と費用
  • 残った部品を在庫としてストックしておく時間と費用

がかかるからです。「そんなの全部で2~3時間くらいでしょ」と思う人は前編の「ダメだった時間を工数に入れてない」を読んでください。正味のメールやりとりしている時間や注文を入れる時間は2~3時間くらいかもしれませんが、実際にはその何倍もの時間がかかっているはずです。

 

基板製造や実装といった外注費用だけではなく、他社製品を購入して組み込んだり、必要な計測器を購入するといった場合も原価で出してしまうという落とし穴があります。どんな商品でも購入の際には悩んで比較したりメーカーや商社に問い合わせたりするので、その分の時間もちゃんと見積もりに入れなければなりません。

会社の実績が積みあがってきたら、過去の実績から「原価×1.8」とかその会社ならではの平均的な数値が出てくるかもしれません。

建設業界では外部から購入した資材や外注費に25~30%を上乗せするのが普通なようです。

外注費用・資材費を上乗せする根拠は、選定や調達にかかる人件費ですから、ためらう必要はありません。

 

見積もりの間違い⑤ リスクが入っていない

基板設計に間違いはつきものです。どんなに注意深く作っても必ずどこかにミスがあります。

しかし、お客様に見積もりを出すときには安くしたいという気持ちが先に出てしまい、「基板は〇〇円でできます!」みたいな見積もりを出してしまいがちです。実際に作ってみるとジャンパが飛んだりするわけですが、お客様によってはジャンパのない基板でないと受け入れられないというかもしれません。

「ジャンパや後付けの修正がないこと」という文言が見積もり依頼の際に入っていることはほとんどありませんが、多くのお客様は無言でそれを望んでいます。しかし、実際にはジャンパも修正もない基板を一発で作ることは不可能です。

だから、基板は再設計をすることを前提で「再設計・製造費用」を見積もりの段階で含めておくべきです。

  • 基板設計・製造
  • 基板再設計・製造

という言い方に問題があれば

  • 試作基板 設計・製造
  • 量産基板 設計・製造

でもいいです。

とにかく2回作ることを前提とした見積もりを書くべきです。備考欄に

※再製作の必要がない場合は、再製作費用は不要です

と書いておけば親切ですね。受け入れやすくなります。

 

ネットの基板業者には基板製造以外に「基板設計」というメニューがあって、それで見積してみると10cm×10cm、1000ピン程度の4層基板なら5日で150,000円くらいで作れるそうです。1日あたり30,000円ですから超激安です。本当にできるのか不安になるような値段です。

こういった基板設計サービスのポイントとしては「回路設計」が入っていないことです。基板設計後にジャンパが飛んだり再製造になる原因の多くは基板の間違いということはあまりなく、回路設計の段階にあります。

基板設計は機械的にデザインルールチェックができるから、ネットリストが正しくつながっている基板でよいならばリスクをあまりとらなくてよいのかもしれません。

 

ハードウェアを作成するということはリスクが大きく時間もかかる仕事なので、ソフトウェア業界とは少し異なってきます。

安い見積もりを出すと、「〇日で出来るといったのに想定以上に時間がかかっている」と思われたりしますが、実際にはうまくいく回路を実験して四苦八苦していることなんてよくあります。これではお互いに良いことがありません。回路設計は研究開発ととらえて、時間がかかることを見積もりの段階でアピールしておけば、納期の遅れ=良い物を作っていると思われて柔軟に対応してもらえるかもしれません。

見えないコストを見積書に含めることで、お客様にハードウェア開発の本当のコストを理解してもらいやすくなります。

 

結論

  • エンジニアの給料の1.5倍程度の見積でコンスタントに受注できれば、雇ったエンジニアの給料が出るだけではなく、間接部門(事務職)を雇うことができるようになります。
  • エンジニアの給料の2倍程度の見積でコンスタントに受注できれば、雇ったエンジニアの給料が出るだけではなく、営業と間接部門(事務職)を雇うことができるようになります。
  • エンジニアの給料の3倍程度の見積でコンスタントに受注できれば、雇ったエンジニアの給料が出るだけではなく、営業と間接部門(事務職)を雇うことができ、広告も打てるようになり、会社が自動的に回るようになります。
  • 社長一人の零細企業で、役員報酬の1.5~2倍程度で見積もりを出したら、たとえコンスタントに受注できていても会社は大きくなりません。

いろいろ考えて出た結論がこれです。一人親方のリフォーム会社みたいにはならないと決めました。

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コメント

次の世代のエンジニアを育てられる費用まで価格に載せられればベストと思いますが、受託開発の発注元には、そんな余裕はないですかね。
絶望的なお話ですが、日本で電子回路開発を続ける意味があるのか?と個人的には考えてしまいます。
新幹線代、高速道路代、事務所の地代、など社会インフラが高い
何を仕入れるにも、いちいち消費税がかかる
社会保険料が高いので、実質的な人件費が高い
源泉徴収の手間など、間接経費がかかる
プリント基板製造、マウンタ実装、部品の流通、といった周辺産業が弱い
仕様すり合わせを日本語でできる恩恵が感じられない(工作機械のマニピュレータの絶妙な3Dの動き制御などは日本語で細かく仕様すり合わせが必要だけど、そのような回路はプロパーのエンジニアに内製させるでしょう)

投稿: 信一 | 2022.01.03 08:53

それでも、やるしかないんですよ

投稿: なひたふ | 2022.01.03 12:18

うちも、大したメーカーじゃありませんが、回路設計以後は信頼できる業者さんにお願いするようになって久しいです。
なひたふさんのような方がいるからこそ、我々もビジネスができているのだなぁと感心至極です。

投稿: タキュトス | 2022.02.13 20:27

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