5Sの「躾」の違和感の正体・・ドラマ風に
昨日、「5Sの躾の違和感の正体」というブログを書いたのですが、ちょっと長かったので、AIのイメージ生成を使ってドラマ風にしました。
躾の起源は1955年ごろから始まった集団就職にさかのぼります。当時の農村はいまとは比べ物にならないほど貧しく、長男以外は中学を出ると都会に就職しなければなりませんでした。
もちろん真面目な子も多くいましたが、読み書きもまともにできない、挨拶もできない、乱暴するといった子も多くいました。
故郷を離れ大都会で就職した少年たちには厳しい寮生活が待っていました。慣れない集団生活、厳しい上下関係、安い給与、粗末な待遇。逃げ出す者も多くいました。
工場では上司に厳しく怒られつつも、技能を身に着けていきました。
夜になると田舎が恋しくなり泣く子もおり、寮母や先輩、仲間が引き留めました。寮長・寮母が親代わりとなって厳しいながらも人格形成の面で育てました。
こうして一日、また一日が過ぎ、少年たちは社会基盤を身に着けていきます。
この時の日本人には「親から預かった大切な子を、親代わりになって一人前の人間として大切に育てる」という意思がありました。当時の大企業には「会社を辞めても、元○○の看板を背負って恥ずかしくない立派な人間に育てる」という意思がありました。今の日本とは大違いですね。
それは、人格改造ともいえる強制力を伴った社会人教育でした。
工場での技能を身に着けることにとどまらず、生活能力全般を身につけさせ、一人前の社会人として育てることでした。
今ならパワハラと認定されてしまいそうな過酷な話ですね。
これが躾(しつけ)のルーツです。ただし、しつけというのは日常会話の口語なので、会社案内や入寮規則などでは「社会人教育」などの言葉で書かれました。
こうして高度経済成長期を支える多数の熟練工が誕生しました。
厳しいしつけを乗り越え、成功を手にした層の人たちは「あのとき躾してもらったから今の自分がある」「躾は厳しかったけど思い返してみるとよかった」「厳しく指導されたのは、今思えばしつけだった」とポジティブに回顧するようになりました。
習慣化とか、sustainと言い換えてしまうと、厳しい歴史を隠してしまうことになります。これが違和感の正体1です。
集団就職組が熟練工になる1970年ごろ、都会生まれの大学生は人生を謳歌していました。
真面目に勉強する者ももちろんたくさんいましたが、ダンスとマージャンにのめり込む者、学生運動に参加する者。集団就職組とは全く異なる人生を歩んでいました。
そんな彼らも就職します。
職務知識を身に着けるためのローテーションの一環として工場に配属されます。
現場には自分と同年代や年下の熟練工がたくさんいます。大卒の新入社員は業務知識でかなうはずがありません。
ちょうどそのころ、現場では2Sや3S(整理・整頓・清潔)が自然に発生し、QC(品質管理)の意識も高まっていました。
実務経験の少ない本社組織が、実務経験の多い現場工員に対して精神的優越性を保つために、QCなどの知識や理論で「教える側・教えられる側」という上下関係を作って規則化したのです。
こうして、4Sに最後のピースである「しつけ」を加えて5Sが誕生しました。
ベテラン熟練工は「厳しかったけど、会社(寮)にしつけてもらった」という恩義
大卒管理職には「粗野な未熟者をしつけして一人前にしてやった」という優越感
これらが見事にマッチして、しつけという言葉が定着しました。
ただ、これを赤裸々に言うと生々しすぎるので、「習慣化のことだよ」「職場のルールを守る自主的な習慣だよ」と言い換えているのが、「躾」に関する違和感の正体だったのです。
ルールを守る習慣化といえば聞こえは良いですが、その背後には集団就職組の耐え難い苦労と脱落組の苦悩の歴史、そして理論でそれを管理しようとした本社組のことを思い出してください。
以上、私の仮説でした。
| 固定リンク













コメント